2010年05月18日

なぜだか心にのこること

オレは韓国では、大学の寄宿舎に住んでいた。
その寄宿舎には食堂や売店などいろんな施設がそろっていた。
そこに毎日…本当に毎日通ってきている、あるおじさんがいた。
こんな風に言うとちょっと言葉が悪いのだが、その人は、韓国風にいえば「精神が飛んで行った人」だった。
要するに精神的に、あるいは知的に障害を持った人だったのだろう。ずっと一人で席に座り、独り言をしゃべっていた。
何かがあって独り言を言うのはまだ分からなくもない。
けれどその人は何もなくても独り言をぶつぶつ言い続けていた。
時には大声で怒っていたりもした。
その人は大学の近くに住んでいるらしく、夕方になるとマウルバスに乗って寄宿舎に来ていた。
本当に毎日毎日…雨の日も、風の日も、雪の日も、そしてもちろん晴れの日も。
周りの学生はそんなおじさんを気に留める風でもなく、話題にもしなかった。
………
オレは韓国に夢を抱いて渡った。
そのころ、オレには韓国での知り合いも多くいて、その人たちにいろいろ助けられながら暮らしていた。
けれど夢に破れた時、オレには何も残っていなかった。
それでも何とかできないかと1年、頑張ってみたもののどうしようもなかった。
韓国に渡った時はいろんな人に迎えられたオレだったけれど、
韓国を離れるときは、一人だった。
すべてのモノを失って日本に帰るしかなかった。
なぜこうなったのか、考えることはもちろん、心を動かすこともできなかった。
ただ体が一人で仁川空港に向かっていた。
心は本当に死んでいた。
………
あの時あった人々に会うことはもうできない。
そのことは、韓国でのオレの存在意義がまるでなかったような気分にさせる。
何のために韓国に行ったの?
失うため?
何もかも失って、どうやって3年の韓国滞在を肯定的にとらえたらいいのさ?
こんなはずじゃなかった?
じゃあなんでこんな風になったのさ?
こんなだったら、初めっからオレが韓国に存在してなかったのと、結局は同じことじゃないの?
こんなんで、どうやったら、オレ自身、自分の人生を肯定的にとらえられるのさ?
………
用事があって2年ぶりに韓国を訪れた。
そして、住んでいた寄宿舎に立ち寄った。
あの頃と変わらず、あのおじさんはぶつぶつ、つぶやいていた。
オレが夢を抱いて寄宿舎に入った日と変わらず、あのおじさんはいた。
おじさんを見た瞬間、オレの心の中にあの頃がよみがえった。
たぶんおじさんはオレのことを知らない。
けれどおじさんは、オレが確かに韓国にいたことを、オレに教えてくれた。
あのおじさんはたぶん、死ぬまで寄宿舎に通うのだろう。
そして、一人でずっと座り続けたままぶつぶつとつぶやき続けるのだろう。
そんなおじさんを学生は気にも留めずに、おじさんの周りでにぎやかにいろんな話をするのだろう。
そのことをオレは知っている。オレの目で見続けた光景だ。
だから、そのことを知っている俺は、確かに韓国にいたんだ。
おじさんはオレには何も言わない。
ただひたすら、一人で何事かをぶつぶつとつぶやき続けるだけだ。
けれどおじさんはオレに教えてくれる。
オレが韓国に確かにいたことを。

………………寝ざめの悪い夢を見た日に、なんとなく。
  

Posted by はぬる at 00:58Comments(0)韓国