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Posted by んだ!ブログ運営事務局 at

2012年06月24日

夢中人

指輪を投げた。指輪は鉄のドアにぶつかって派手な音を立てておちた。
それが、オレたちの最後だった。

……………………

どうでもいい。もう5年もたつんだ。本当にどうでもいいことなんだ。けれど、あの音が頭から離れない。今日みたいな日は特にそうだ。覚えていないけれど、あの人の夢でもみたのかもしれない。5年前なら楽しい気分になるあの人の夢。今は重い気分にさせる。5年になるのに、まだ、あの人が夢に出てくる。

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今日は交流会のある日だ。オレの勤務している高校に、海外の姉妹校から生徒が来る。生徒たちが2泊3日で交流する行事だ。あちらの高校では、今年から担当の先生が新しくなったらしい。オレは担当ではないが、全校をあげて迎える準備に大わらわだった。
午後になって生徒たちが到着する時間になった。担当の先生と生徒会の生徒たちが出迎える。オレが教えた韓国語を使って歓迎のあいさつをしている。オレは職員室で通訳の出番が来るのを待っていた。

一通り歓迎の行事が終わり、いよいよオレが呼び出される。今年はどんな生徒たちが来たんだろうか。そう思いながらハンドマイク片手に体育館の扉を開けた。
そしてオレは固まった。

いるはずのない人がいた。
“니 왜 여기 있니?“
あの人が振り返って言った。
“오빠?”
“…”
“저에요”
5年ぶりに聞くあの人の口癖だ。
“보면 알어…”
その口癖に答えるこの言葉も、オレの癖だった。
“제 얼굴도 한국어도 안잊었군요”
“…그럼…”
“통역…하시는 거죠?”
“어…그래…”

準備していたコースをまわる。学校の宿泊施設について注意事項などを説明する。時計を見たら5時を過ぎていた。今日はもう帰りたいと思った。けれど最後まで通訳しなければならない。
説明が終わり、韓国からの生徒たちは思い思いに校舎内に散らばった。引率の先生たちを校長室に案内した。あの人ももちろん一緒だ。微妙な空気を感じながら先生方を校長室に連れて行った。

“서로 아는 사이였어요?”
年配の先生が聞いてきた。
“아…예…”
オレが言葉を濁しているとあの人が答えた。
“오빠와 저는 사귄 사이였어요”
“아니 그럼 뭐뭐선생님은 저 응응선생님이 이 학교에서 일하는 것을 아셨는거에요?”
“아녀…혹시나…하는 생각은 있었는데요…진짜 다시 보개 될줄은 몰랐었요”
そうか、あの人はオレと会うことを予想していたのか。
“보고 싶었거든요…”
え?
“오빠는…저를 보고 싶지 않았어요?”
答えられなかった。
普段の生活ではほとんど思い出すことはなかった。夢で…たまに夢であの人に会うだけだった。今日の朝と同じように。忘れたんだと思った。あの人と同じように、オレも平気になったんだと思った。だから、あの人に会いたいとか、考えたこともなかった。だから…
いや、答えられない理由はそんなんじゃない。もっと単純だ。もう校長室に着いてしまったからだ。

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指輪がなくなってしばらくたった後、あの人の妹が言った。
“언니는 오빠한테 버림 받았다고 생각한 거에요”
冗談じゃない。捨てられたのはこっちだ。話も聞かず自分の感情ばかり押し通そうとして、それがうまくいかないとなるや、最終的には飽きたおもちゃを捨てるようにオレを捨てたんだ。それも、オレにとっては外国の土地で。あの人はオレを一人にしたんだ。

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(つづく)
  


Posted by はぬる at 22:04Comments(0)雑感・いろいろ