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Posted by んだ!ブログ運営事務局 at

2013年02月23日

ラジオ

引っ越し前、台所には1977年製造の、当時すでに13年物の銀色のラジカセがあって、それでFMのNHKを聴きながら朝ご飯を食べていた。
その番組の中で流れる歌のない曲(ジャズやら映画音楽やら)のコーナーがあったのだが、選曲がやたらよかった。
オレは毎朝それを聴いてから学校に向かった。
毎朝新鮮な気分だった。
ある日、その番組で映画『魔女の宅急便』の「海の見える街」が流れた。
すごく晴れた日で夏がそろそろ来ることを予言していた。
「海の見える街」はその日にすごく合っていた。
オレはこの曲をまた聴きたいと思った。
それで学校の音楽の先生にたずねたら、サントラ集が出ているとのことだった。

引っ越しとともに自分の部屋をもったのが中1の頃だった。
その日は土曜日で、確か7月の14日だったと思う。
TBSの『不思議発見』のテーマはファーブル昆虫記だった。
中学1年の一学期後半、音楽の時間で『荒井由実』の「瞳を閉じて」を合唱していた。
「魔女の宅急便」のOSTのCDを買って(当時はサフラーの横にCDを売る店があった!!)、主題歌が荒井由実であることにはじめて気がついた。

ところで、その頃はまっていた「ハイスクール奇面組」にラジオに関わるエピソードがあった。
そのエピソードで「オールナイトニッポン」の存在を知った。
聴いてみたいと思った。
一人部屋を得たこともあって、誰にも迷惑をかけずに聴けると思った。
地方であるため、オールナイトニッポンがどの放送局かわからず、とりあえず地元のラジオ放送をつけた。
オールナイトニッポンは1:00から始まることが分かっていたから、最初は次の日に影響がない土曜日に聴いたんだと思う。
はじめに松任谷由実の語りが入り、「松任谷由実のオールナイトニッポン」の声とともにビタースウィートサンバが流れた。
これがオレが能動的にラジオを聴き始めたきっかけだった。
はじめはなぜ荒井でなく松任谷なのか…かなり不思議(結婚して苗字が変わったのはわかるが、「やさしさに包まれたなら」や「リフレインが叫んでいる」がラジオで紹介されるときは「荒井由実」で紹介するから、かなり混乱した記憶がある。)
平日は23:00から始まる徳永英明がパーソナリティを務める『フロムCサイド』を聴いていた。
やはりそのころ見ていたドラゴンクエスト勇者アベル伝説の第一部(この地域では二部は放送されなかった)の初期のエンディングテーマ「夢を信じて」を歌った人、というのは聴き始めてから知った。
1990年の秋頃、こうしてオレはラジオを聴くようになっていった。
(続く)  


Posted by はぬる at 23:18Comments(0)

2013年02月04日

北方『水滸伝』を水滸伝として評価することに対する批判文 7

4.日本社会の異文化受容に関する問題
以上、北方氏による『水滸伝』を水滸伝として評価することに対する問題意識を3点に分けて整理した。だが、一番の問題は前述の3点に根本的に横たわっている、「自身が受け取りたいものしか認めない」ということではないだろうか。
インドのカレーを食べたある日本人が、「こんなのカレーじゃない。日本のカレーが一番おいしい」と言い放った、という話を聞いたことは無いだろうか。またはキムチの国際表記を韓国がKIMCHIと主張したのに対し日本側がKIMUCHIにするべきだ(そうでないと日本人は発音できないから)として論争が起こったという話を聞いたことは無いだろうか。キムチに関しては、韓国側がキムチは「発酵」してあるものであり、日本のキムチは浅漬けの漬物だから違う物だと主張していたが、日本側はどちらも同じ『キムチ』と考えたため起こった論争だった。
両事例とも根底には、日本に異文化が流入して日本に同化した末、日本に同化したものがオリジナルとされて、本来のものを認めないという流れがある。これと同じことが水滸伝にも起こっているのだ。
そしてこのような流れが起きるとき、本場がどこかに限らず、無意識の中で文化が優越しているとしているほうが優先的にオリジナルとなり、劣っているとみなされる方は排除される。つまりカレーやキムチの場合、インド及び韓国と日本の文化間の争いであるが、受容する日本人の多くは日本文化のほうがインドや韓国の文化より優れているという無意識下での認識があるために、本場のカレーやキムチが排除される傾向にある。ヨーロッパの文物に対してカレーやキムチのようなことが起こらないのはこのためである。
(フランス料理やイタリア料理に対して上記のような例はあまり聞かない。むしろ昔はすべてスパゲッティですんでいた食べ物が、パスタだの何だのとより現地にあわせた呼び方になっているのは逆の現象が起こっているためだ。)
水滸伝の場合も同様である。日本人である北方氏が作った『水滸伝』と中国民衆が作り出した水滸伝を比べた場合、日本文化と中国文化の争いになるわけだが、北方氏の『水滸伝』で留まって「原典を読んだことがない」という声が多いのも、どこかで日本文化>中国文化という価値判断がはたらいているからではないか。そして、それは「自身が受け止めたい」水滸伝像でしかないのにもかかわらず、原典が駆逐されるという現状につながっている。
さらに、水滸伝に関して「自身が受け取りたいものしか認めない」という心理を許すもう一つの要因は、水滸伝が日本ではマイナーだ、ということにある。
『三国志』(ただし三国志演義ではないことに注意!!)のようにメジャーであれば、このような大規模改変自体許さないであろう。例えば「豊穣な近現代小説の歴史を踏まえて」解体改変を加えた結果、魏・呉・蜀の大連合が司馬氏と戦うなどという筋書きの小説になった場合を考えてほしい(それに近い『龍狼伝』という漫画はあるが『三国志』とか三国志演義というタイトルでは無い)。その小説をそのまま『三国志』もしくは『三国志演義』というタイトルで売り出し、しかもそれが「○○版『三国志』が然るべきのちに、中国版『三国志』に代わって定本になる」などのうたい文句で宣伝されていたら、どうだろうか。日本中にいる多くの『三国志』ファンは、三国志として許容できるであろうか。
三国志演義にはしないような改変を平気で水滸伝に行い(ただし山田氏によると呂布の性格は変えたらしい)、それを水滸伝として評価することができるのは、単純に日本では水滸伝が『三国志』ほどメジャーではない=受ける批判もそう多くないからだろう。似たような現象はテレビドラマ『西遊記』にもみられる。沙悟浄は河童じゃないし、白馬にもきちんと意味と役割があるが、日本のドラマシリーズではわからない。ドラマでは猪悟能(猪八戒)の元の姿である天蓬元帥が中国社会ではどれだけの存在なのか(その天蓬元帥が猪悟能として取経しに行くことの意味もあわせて)、81という数字も全くわからないのにタイトルだけは『西遊記』というのは本当におかしな話なのだが、『西遊記』として通ってしまっている。西遊記も日本では内容があまり知られていないから平気でこのようなことが行われるのだ(ただし西遊記の場合、「あれは日本のテレビ局が作った『西遊記』だ。原典は別にある」という判断がしやすい)。
『水滸伝』の改変も『西遊記』の改変も、三国志の改変でたとえるなら、そもそも漢が滅びず魏も呉も蜀も誕生しなかったり、諸葛亮が蜀を簒奪し、関羽は曹操に捉えられたとき寝返ってそのまま魏の高将になるや、司馬を抑えて自身が三国を統一して皇帝になったりといった改変などよりもさらに破天荒なものなのだ。そのような改変を許してしまうばかりか、改変物を水滸伝として評価してしまうのは、結局のところ水滸伝(や中国文化)には興味がないから、もしくは水滸伝(や中国文化)を下にみているからなのだろう。
だから「自身が受け止めたい」水滸伝像でしかないのにもかかわらず、『水滸伝』を水滸伝として評価できてしまうのである。
そしてこのような傾向は、水滸伝と『水滸伝』に限らず、日本社会のいたるところで、沖縄を含むアジアの諸文化に対して見られる。


5.終わりに
以上、問題を整理してみた。北方氏『水滸伝』が無批判に水滸伝として受け入れられているのは、日本において水滸伝がそんなに有名ではないこと、中国の文学であることに甘えているからではないか。
つまり、三国志のように有名になりすぎている場合(しかも日本の『三国志』の場合、吉川英治の小説版が大きすぎる)は、『水滸伝』のような改変をしたら受ける批判が多くなるし、欧米の文学に対しては『水滸伝』のような改変をする発想すらないだろう。
結局、中国の文化を日本の文化より下にみる部分がどこかにあるから、『水滸伝』を水滸伝として無批判に受け入れることができるのだ。それは山田氏のような『水滸伝』を水滸伝として推す文章のいたるところで垣間見える。
このことが一番問題なのではないだろうか。
  


Posted by はぬる at 21:34Comments(0)雑感・いろいろ