2013年09月12日

水をさすなよぅ

とうきょうおりんぴっくに反対している人たちに対して
「いいじゃん、せっかく7年後にくるってことでみんな喜んでんだから。水をさすなよぅ」
という意見がある。

これって、非常に日本社会の非民主性というか、独善性というか、全体主義志向というか…そういったものを表しているように見える。

冒頭の意見は、言い換えれば少数意見はしゃべるな、オレは聞かない、って宣言しているようなもんだ。
つまり日本社会は話し合いができる社会じゃない、ということを冒頭の意見を述べる人は言っているわけだ。
まぁ、本当に「みんな」喜んでいるのか、といえばそれは嘘になるわけなんだけれど。
少なくとも日本社会の中で確実に一人は喜んでいない。その時点で「みんな」という言葉は嘘なんだ。それは無視していいとかそういう問題ではなく、正確性の問題なのだ。マスコミが言う「みんな」とか「日本中が」とか言うのは正確性を全く欠いている。そんな報道にだまされてはいけない。流されてはいけない。

「水を差すな」という言葉は裏返せば、指摘された問題が大きいことを認めている、ということだ。たいしたことないものであれば、「何言ってんの?」と流して終わることだからだ。指摘されている問題が大きく解決しなければならないことはわかっている。でもそんなことは忘れて、喜びに浸りたい…そういう心が「水を差すな」という言葉に表れているのだ。

でも、問題に目を背けたまま流されることが本当にいいのか、オレはどんどん水を差してやりたくなる
  


Posted by はぬる at 23:28Comments(0)雑感・いろいろ

2013年09月09日

とうきょう おりんぴっく

(1936ねん かいさい だい11かい かき)べるりんおりんぴっくの さいらいでしょ?
おりんぴっくに かぎらず にほんの こくさいすぽーつたいかいの とらえかたが、
「ニッポン (ヨイ クニ)ツヨイ クニ」
にしか なって いない。
こくいはつようの ための たいかいでしか ない。

おりんぴっくに けいざいこうかなんて きたいする 人は、まず しんじゆうしゅぎにNOをいうべき。
それをしないで けいざいが うわむいて くらしが よくなるかも・・・なんて、すなのうえに たてた おしろ。
おおもとを かえないと だめなのに おりんぴっくで けいざいこうかなんて ほんのいちじてきなもの。 むしろ どんどん わるくなるのに めかくしされて みえなくなるだけ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・

わーい わーい とうきょうおりんぴっく うれしいな~
「ニッポン (ヨイ クニ)ツヨイ クニ」
っていう ばめんが まぢかで たくさん みられるぞ~
けいざいにも とってもいいんだ!!!










…という人が読みやすいようにひらがなで書いてあげた。
日本社会の思考停止状態は、本当にどうしたらいいものか。 

ついでに、国内でこんだけ元号を使わせるんだ。
招致活動はじめとうきょうおりんぴっくの諸活動でも元号でやるんだよね?
まさか2020東京オリンピックなんて言ってないよね?
へいせい32ねん とうきょうおりんぴっく だよね?  


Posted by はぬる at 20:10Comments(0)日本とは

2013年09月07日

さささんへの返信

オレはここのほかに夏天故事というブログを持っている。内容はこことほぼ同じで、互いにバックアップさせている。そこの北方『水滸伝』を水滸伝として評価することに対する批判文 7(最終回)のコメント欄にさささんという方から、示唆にとんだコメントをいただいた。

引用開始
…………………………
Unknown (ささ)2013-09-07 00:16:09はじめまして
水滸伝で検索したらこのブログが出てきたので興味深く読ませていただきました
個人的には水滸伝に忠実な作品に飽きてたこともあり、この作品が好きですが原作と違いすぎてダメというなら仕方がないと思います。そこは個人個人の感性一つ
ただあえて反論するなら

・アジアを下に見ている
・水滸伝が有名ではない

の2点でしょうか

北方氏の作品の傾向として「男の生き様(死に様)を書く・タブーへの挑戦」
が挙げられるかと思います
ハードボイルド作品を端緒にから最近はタブー視されがちな南北朝期・中国物の歴史小説等、作品の幅を広げており、
南北朝期の作品では後醍醐天皇を愚かだが大きな男として描き、三国志や楊家将等では水滸伝ほどではなくとも原作と大いに違う人物設定で描かれています
水滸伝の大幅な改編はアジア蔑視などではなく北方氏の姿勢に拠るものかと。

また、中国の古典小説は古くから輸入されたものも多く、日本文学に大きな影響を与えました。
三大奇書を始め、封神演技・岳飛伝・楊家将・金瓶梅等は現在でも著名な作家が多く書き、日本人に愛され続けています
中国の古典小説は欧米文学なんかよりよほど日本に根付き、日本人にとって身近なものと思いますが。。

水滸伝に関して言えば江戸期は滝沢馬琴・山東京伝・上田秋成等の作品に多大な影響を与え、
近代・現在では吉川英治氏の小説や駒田信二氏・吉川幸次郎氏の翻訳等を始め柴田錬三郎氏・津本陽氏・杉本苑子氏等錚々たる文豪があるいは原作に忠実に、あるいは大幅に改編され出版されました
勿論、小説だけでなくゲームや漫画・アニメ・梁山泊を冠した団体等、広く人口に膾炙されています
あまりに多くの作家が書き飽和状態(原作に忠実な作品が多すぎる)がゆえに敢えて全く違った世界を描いたという見方も出来ると思います
北方氏レベルならわざわざ剽窃せずとも十分売れてますし、北方水滸伝がオリジナルと思う粗忽者はそうそういないでしょう。
日本式のカレーやキムチの方が本場のものより好きだという人が多くとも日本がオリジナルだと思う人はほぼ居ないし、万が一、そう思ってたとしてもすぐに気づくレベルの話かと

それに、世界観が全く違う水滸伝はこれだけじゃありません。
例えば杉本氏の悲華水滸伝では登場人物がお互いに「君」付けで呼び合うような代物ですし、水滸伝を題名にいれ内容は現代や未来といったものも数多く見受けられます
また、作品は違いますが陳舜臣氏の秘本三国志では劉備と曹操が結託してたり。
まぁ、それが良い悪いは先にも書いたとおり個人個人ですが。。ただ、それでアジア蔑視はちょっと行き過ぎかなと
………………

引用終わり

そこで返信するためには少々長くなったのでエントリーとしてあげたいと思う。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さささん
はじめまして
コメントありがとうございます。

私は改編自体をダメだとは思っていません。
ただ、改編をしたのならそれとわかるような示し方があってしかるべきだろう、と考えています。(個人的には、それが自身の小説にネタを提供した原典への礼儀だと思います。)
さささんが提示してくださったように、さまざまな人が水滸伝を自分の小説『水滸伝』を描いています。そして、それらの人は、自分の小説であることがわかるようにタイトルを『○○水滸伝』としたり、全く別のタイトルにしたりするわけです。また、原典からの翻訳であれば、註をつけたり解説をつけたりと、検証が可能なようになっています。原典からの「忠実な翻訳」というのはあり得ない(と、私は思っています)ので、このことは非常に大事です。

そういった点で北方氏の『水滸伝』は大きな問題をはらんでいるというのが私の問題意識です。それは、本文には言及しませんでしたが安能務氏の『封神演義』にも同様のことが言えます。文庫本には「翻訳」と書いてありましたが、コーエーの『封神演義』と読み比べると全く違い、特に申公豹に関しては安能氏の創作の度合いが強いです。また、安能氏の『封神演義』は道教の世界観をことごとく破壊しています。このような改編をするのであれば、「翻訳」ではなく「翻案」、タイトルも『封神演義』ではなく『○○(私本だとか新だとか…)封神演義』とすべきでした。しかし日本において封神演義は安能氏の『封神演義』が封神演義として認識されてしまっています。私は水滸伝にこのようなことがおきるのではないかと危惧しています。
なお、封神演義に関しては以下のサイトをご参照ください。

中国の民衆文化と信仰
http://www2.ipcku.kansai-u.ac.jp/~nikaido/chpop.html

私はこのサイトの問題意識に共感します。

そこを踏まえて、さささんのコメントにお答えします。

>水滸伝の大幅な改編はアジア蔑視などではなく北方氏の姿勢に拠るものかと。

改編自体にアジア蔑視がある、とは私も考えていませんよ。
ただ、北方氏の『水滸伝』を無批判に水滸伝として受容することに対しては、日本文化>中国文化の構図があるのでは、と考えています。
例えば、私は本文に引用した編集者の文章にそのことを感じました。
その一例としては
>この北方「水滸伝」全巻が、しかるべき後、かつての金聖嘆版七十回本が「水滸伝」定本とされたように北方「水滸伝」が定本になる。
という文言があって、傲慢ではないか、と批判したわけです。(そこがアジアの諸文化を下に見る傾向があるのではないかということの根拠の一つです)
で、その根底に「豊穣な近現代小説」である北方『水滸伝』>中国古典という文化の対立があるんじゃないか、ということです。
そして、北方『水滸伝』を水滸伝として評価する方々が北方『水滸伝』面白い(+原典面白くないとわざわざ言う人もいる)という時に、私は「いや、あなた、中国の文化を理解しようとした?現代日本人に合わせて書いたプロの小説家の小説が日本人にとって面白いのは当たり前でしょう?理解しようともしないで楽なほうばっかりで終わらせるのはどうなのさ?せっかく世界を広げるいいものがあるのに」と思うわけです。
この点は、水滸伝のみに感じるわけではなく、昨今のK-pop・韓流ブーム、沖縄ブーム、日本人の東北観にも感じています。

>また、中国の古典小説は古くから輸入されたものも多く、日本文学に大きな影響を与えました。

さささんの仰るとおり、歴史的に見れば水滸伝は日本人に多大な影響を与えてきました。しかし、吉川英治の『三国志』の登場以降、『三国志』が水滸伝を凌駕してしまい、水滸伝のタイトルは知っていても内容を知らない、という人は非常に多いと思いますがいかがでしょうか。ドラマや小説では確かに書かれていたかもしれません。でも、例えば日本のドラマ『西遊記』を見て西遊記を知っている…とはなりませんよね?(極端な例ですみません…--;)

>北方水滸伝がオリジナルと思う粗忽者はそうそういないでしょう。

そうであれば私の杞憂に過ぎないわけで、まぁいいのですが・・・
①本文でも言及したNHKの水滸伝番組(水滸伝とは言いがたい『水滸伝』を水滸伝として扱う?…全部は見ていないので?です)
②月刊水滸伝(http://suikoden108.com/)というサイトでも北方『水滸伝』の無批判な受容…合わせて吉川幸次郎氏、駒田信二氏の名前すらない。つまり原典(の翻訳)を紹介していない。
③以下の例のようなものをネットで散見
事例1
Yhoo!知恵袋
三国志と水滸伝ではどちらが面白いですか?
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1169917801
の質問に
…………
水滸伝です
三国志は
正統が正義だという考えに基づいてるんでピンとこない
公明も持ち上げ過ぎです
儒教に則ったつくりごとの話しです
本場の水滸伝にも同じようなものがあります
楽しむんだったら「北方水滸伝」です
……………
との回答。三国志と比べるのなら原典かもしくは原典に近い小説をすすめるべきではないか、全く別物の『水滸伝』では比較にならないのではないか、と思うのですが…
同様に「水滸伝を読みたいんだけど何を読んだらいい」との質問に「北方謙三の水滸伝」と答えるものを何度も見ている。

事例2
Yhoo!知恵袋
三国志の本を読んでみたいと思います。北方さんの水滸伝を読んで、中国史っておもしろいなぁと感じてるとこです。
長編でもいいので、読んでいて、心躍るような三国志が読みたいです。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1481880284

という質問。
この方は北方『水滸伝』でとどまっているわけで、水滸伝好きとしては「いやいや、あれを水滸伝って言わないで~原典読んでから“水滸伝読んだ”って言おうよ」といいたくなる気持ちは理解していただけるかと思います。ブログ等でもこのような言説(“水滸伝”面白いよ→北方氏のだった:いや、面白いんでしょうけど、せめて北方氏のものなのか、原典の翻訳なのかわかるように…)が多いです。

以上のような点でどうも、杞憂に終わらせてはいけないな、と思った次第です。

>あまりに多くの作家が書き飽和状態(原作に忠実な作品が多すぎる)がゆえに敢えて全く違った世界を描いたという見方も出来ると思います

でもそれは、およそ原作を持つ小説すべてにいえることですが、やっていいことなんでしょうか…?
おそらくこの点が一番大きく見解が分かれる部分であり、北方『水滸伝』を水滸伝として受容するかどうかの分水嶺だと思いますが、私はしてはいけないと考えます。水滸伝の世界をどう料理するかは小説家の勝手ですが、壊してはいけないラインはあると思うからです。それがないなら、極端な話、全く別のお話に、今売れているタイトルを勝手につけることが認められてしまうでしょう。(実際中国に住んでいた際、ジブリの「猫の恩返し」が「千と千尋の神隠し2」というタイトルで売られていた)
タブーへの挑戦とはかっこよい言い方ですがそうであれば、ご自身が書きたかった「キューバ革命」をキューバ革命そのものでやればよい話ではないか…と思わざるを得ません。

>例えば杉本氏の悲華水滸伝では登場人物がお互いに「君」付けで呼び合うような代物ですし…
それらの物は、ほぼすべてが「水滸伝」、「三国志演義」そのままのタイトルではないですよね。作者の小説であることがわかるようなタイトルになっているわけです。

少々長くなってしまいましたが、以上が私の考えです。いかがでしょうか。

さささんには私とは反対の立場から、示唆に富むコメントをしていただき、私も勉強をさせていただきました。ありがとうございます。
  


Posted by はぬる at 21:43Comments(0)雑感・いろいろ