2013年06月11日

人形の島  1

 島に雨が降ると、人々は大きなガジュマルの下に走る。木の下でしばらく強い雨を眺めていると、雨はすぐに止んで強い日差しが戻ってくる。ヤシの木やソテツのとがった葉っぱについた雨粒が日差しを照り返すと、人々はガジュマルの木の下から出てきて歩き出す。強い日差しはやさしい風を運ぶ。風はバナナの大きな葉を揺らし、海の香りを運ぶ。アダンの気には大きなダイダイ色の実がなっていて、海の碧さによく映える。毎日見られる景色だ。島の人たちが大事にしてきた景色だ。
 島には不思議な場所が3か所ある。
一か所は島の奥にある谷間だ。谷は高い崖になっていて所々の窪地に何十、何百もの人形が置いてある。人形は島の赤木でつくられていて、どの人形も赤い顔をしている。大きな目は白く塗られていて、黒い瞳はじっと、ただひたすらじっと谷底をみつめている。ここは死者の魂を祭る場所だ。島の人が死ぬとここで死者の魂を祭り、死者に模した人形を崖の窪地に置く。死者の代わりに島をこの谷間で見守っているのだ。島には三つ星と十字星が十度真南に来たら、死者の魂が海の向こうの幸せな土地に旅立つという言い伝えがあって、島の人たちは、その年になると崖の人形を船に乗せて海の向こうに送り出す。
もう一か所は、村にあるがらんとした建物だ。村の大きな交差点の辻にあるその家は村の長老ですら、誰の家なのかわからない。この建物の大きな柱には、大きな柱時計が掛っている。奇妙なのは、この柱時計が動いていないことではない。島で時計を知っている人間がいないことだ。島の人々は太陽や月で時間を知る。だから「時計」は必要ないどころか、「時計」という言葉すらない。なのに、この建物には時計がある。もちろん島の人たちにはこの柱に掛っている「物」が何なのか、丸い板に書いてある模様が何を意味するのか、動かない二本の細長い棒と、ふた組ある鎖に繋がれた丸い金の板が何なのか、全くわからなかった。長老によれば長老の子どものころにはすでにこの建物があって、奇妙な「物」も柱に掛っていた。
最後の場所は、島の南にある入江だ。毎夜この入江にどこからともなく船が来て、大勢の人が、静かに何かを探すように辺りをさまよっている、という話が島の人々の間にまことしやかに囁かれていた。しかし、この船を見た人は一人もいなかった。見ようとした人はいたけれど、なぜか誰も船を見つけることができなかった。船が来る場所も、時間もわかっているのに…!さらにおかしなことは、島の人たちがこの船のことを全く疑っていないことだ。見た人は一人もいないのに、島の人は本当に毎夜入江に船が来ることを知っていた。島一番の物知りダダは、この船こそが言い伝えの死者の魂を連れていく船だと考えていた。市場の茶屋の娘ナームは、この船を見た者は死ぬと考えて恐れていた。何にせよ、船の存在を否定する者はいなかった。
島の人たちは変わらない毎日を送っていた。雨が降れば濡れないようにガジュマルの木の下に急ぎ、止めば日差しの中で揺れるバナナの葉やヤシの木を眺めながら、仕事に勢を出す。世界にこの島しかないような、そんな気分を持つ者もいたが、実際のところ、海の果てまで行こうとした者はいなかった。島の人にとって、この島と周りの広い海が、世界のすべてだった。


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Posted by はぬる at 20:40│Comments(0)創作
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